蔵出しエッセイ⑤

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 <今昔の釣り本>

 釣りに関する古本を買い漁っては、時間を見つけ読みふけっている。

 井伏鱒二、開高健、椎葉英治、宇野重吉、林房雄などなど、著名な文学者たちの著述には、時の隔たりを感じさせぬ趣が溢れている。

 とりわけ今年は、開高健の生誕80年にあたる。

 それを記念して、「開高健の世界」展が、およそ2ヶ月間(6月12日~8月1日)に渡り、神奈川近代文学館で開催された。

 のぞいてみると、丁寧な文字で綴られた原稿や、釣り具を始めとする愛用品の数々が展示されていて、おもわず一つ一つに見入ってしまった。

 司馬遼太郎が巻き紙に記した弔辞からも、往時を想像することができる。

 非凡なる文学者たちの釣りに関する著述は、時代を映す鏡といってよい。

 

 愛読しているのは、読み物ばかりではない。

 昭和30年前後から、40年代にかけての釣り入門書も、実に興味深い。

 現在の釣りにいたるまでの過程を知ることができるだけでなく、釣り具の写真や解説を見ていてもなぜかホッと心が和むのである。

 なぜだろう……。

 しばし考えて分かったのは、最新釣り具のカタログ的記述がほぼ皆無であること。

 記されているのは、釣りの本筋に沿ったハウツーがほとんど。

 僅かに登場する釣り具は、その時代の代名詞ともいえる竿やリールの名品ばかり。

 宣伝のためではなく、説明のために記載されているケースがほとんどなのである。

 従って、昔の入門書には商業的ないやらしさが感じられない。

 内容は、基本中の基本が整然と書かれている。

 今さら、知識として得るものは皆無に等しいのだが、なぜか興味深く頁をめくってしまうのは、おそらくそこに、釣りの時代背景を感じるからに違いない。

<古き良き時代>などと言うつもりは毛頭ないが、かつて<心安らぐ時代>があったことは確かである。

(記:2010年7月)

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