わが日本国の、自然に対する驚くべき意識の低さ

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一昨日、4時間ほどあちこち走ったり歩いたりしつつめぐっていてフト目に付いた悲しい光景。
田んぼの中にあった小さな流れが非情にも埋め立てられ、コンクリートの溝に変わりつつある。

そこには、少ないけれど小ブナが住んでいた。
そこには、少ないけれどオイカワが住んでいた。
そこには、ウナギが住んでいた。
そこには、ヤゴやアメンボウやドジョウも住んでいた。

しかし、すでに細々と生き残っていた全ての生物たちが、1匹残らず死に絶えているのは明らかだった。
埋めた立てられた流れは、バイパス状に迂回していて、コンクリート造りの三面舗装の味気ない溝に変わろうとしている。

こうして、またひとつ、貴重な貴重な自然が失われて行く。
そこは、小田原市内でも数少なくなった自然の小川であったのに……。

子供たちが大勢、その川で遊んでいてくれたなら。
お父さんたちがたくさん、子供を連れてその川を訪れていたなら。
そして何より、大人たちが自然の川を貴重な遊び場として考えていてくれたなら。
きっと、きっと、こんなことにはならなかっただろうに。
こんなことばかりが繰り返されてはこなかったろうに。
「小ブナ釣りしかの川」を見つけるのは、年々大変な作業になってきているのが現実なのです。
こんな非情かつ無謀が堂々とまかり通っていて、絶滅危惧種が云々もあるまいに。
ブラックバスが小魚たちを食べ尽くしてしまうから早急に駆除せよもあるまいに。
京都議定書で定めた排気ガス減少問題もあるまいに。

駆除して欲しいのは、自然を公然と壊し続ける愚か者たち。
年度末になればあいも変わらず、道路をひっくり返しては埋め立て、埋め立ててはまた掘り返すエンドレス(とおもわれる)工事。

そこに膨大なムダ金がつぎ込まれているとだれもが知りつつ、すでに納得したように諦め、恒例行事のように見守ってしまっている自分もまた、病んでしまっているのだろう。

身近な場所の小さな流れ。
小さな流れのささやかな遊び。
小物釣りの楽しさを皆が知っていたなら、きっと、自然が次々とぶち壊されるようなことにはならないハズなのに。

日本中を掘り返し、コンクリートで固め続ける愚行は、いったいいつまで続けられるのでしょう。

自然の中での遊びを知らない大人たちが、次々と自然を壊し、自然の中での遊びを知らない子供たちを作り上げて行くという現実は、いったいいつまで続くのでしょう。

子供の頃、雨降りで外へ出られない日に、そうっと、金魚鉢の魚を釣った経験のある人はいませんか?

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